ぬか炊きの古くて新しい味

小倉の名物って何ですか?

長崎から進学して小倉に住むことになった18歳のわたし。
はじめての土地でまず知りたいのは、その土地の名物。

「小菊まんじゅうとぬか炊きやか。魚町に行ったらいいよ。」

教えてくれたのはお世話になった下宿のおばさんだったでしょうか。
旦過市場で大きな鍋の縁にずらっと弧を描いて並ぶ小さな黒い魚を横目で見たものの、18歳のわたしに買う勇気はありませんでした。
その味も試さないまま、「米ぬかで魚を炊くのか」という知識だけを得た郷土料理との出会い。

「糠味噌女房」という言葉があります。

「所帯じみた古女房」という意味かと思いきや、そうではないそうです。
江戸時代、明治時代の男の楽しみである酒の締めを飾るのは「香の物」だったそうで、その中でも糠味噌はとりわけ女房の仕事の熟練度が表れるものでした。

酒の締めに糠味噌で漬けた「香の物」を出すことができるできた女房を「糠味噌女房」というのだそうです。

「お!おつだね。」「うまいっ!」と道楽者を唸らせることができるぬか漬け、そのぬか味噌で炊いたぬか炊きはどんな味なんでしょう。

3年前のことでした。何気なく参加した北九州小倉・糠床糠炊き研究会の講演会。
その講演会の面白かったこと!菌の活動で食べ物が変化するんです。
乳酸菌の働きによって、野菜のおいしさが増す!

思い出のぬか炊きの味を追求する研究会会長は言います。

「わたしの祖母のぬか炊きは最高やったねー。ぬか味噌のうまみが凝縮されていて、その風味・香気が食欲を誘う。
ぬか炊きは魚だけじゃなくて、そのうまみを凝縮させたぬか味噌を煮詰めた煮汁をご飯にかけて食べるのがまたうまいんよ。
ぬか炊きのうまみを最大限に引き出す為には、醤油やみりんなどの調味料を最低限に抑える必要があるんです。」

その会長お薦めのぬか炊きのお店「味処矢野」に連れて行って頂きました。

定食のメインはぬか炊きです。イワシぬか炊き定食、サバぬか炊き定食、手羽元ぬか炊き定食。

「ぬか炊き」というのは、ぬか漬けの床の発酵したぬか味噌を使って新鮮な魚を炊く江戸時代から小倉で受け継がれる伝統食です。
長時間煮込まないということで、お魚の味がフレッシュな上にぬか味噌の酸味が加わってさわやかな味!
ぬか味噌を使うことで、調味料として素材に味を付けるだけでなく、乳酸菌など複雑な菌の力で風味とうまみが増します。
更にぬかの栄養分も相まっておいしいだけでなく、身体にもいい。

ぬか炊きがメインの定食には、もちろんぬか漬けも付いています。
漬物だけれど、しょっぱい漬物とは全然違います。

「お野菜の味が強調されて、酸味が加わっているサラダ」。

敢えて言葉で説明するとこういう感じになりますか。

生野菜にドレッシングを掛けてサラダを仕上げますよね。
ところが、ぬか漬けはドレッシングいらず!
発酵乳酸菌がお野菜の中に酸味を届けてくれるんです。

精米でそぎ落とされた米ぬかは米粒の栄養分がたくさん含まれています。
そこには自然の酵母や乳酸菌も生息しているので、塩と水を含ませると自然と発酵をはじめます。
発酵をはじめた米ぬかの床に野菜を漬け込むと、野菜の酵母で更に発酵が進みます。
漬けた野菜はぬか漬けとしてそのまま頂き、発酵した米ぬかはぬか味噌としてぬか炊きに使用します。
お米の栄養を余すところなく使い、発酵させて利用することでより栄養価と風味が増す!

小倉の郷土料理の奥深さを、味処矢野のぬか漬けぬか炊きのおいしさと驚きと共に感じました。
百年以上前の小倉の人びとの知恵を噛みしめる。
18歳から小倉に住んで30年経ってはじめて触れた古くて新しい味でした。

(作・岩永美樹さん)

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